都市と故郷

山極壽一 (京都大学総長 / PWSプログラム分担者)
2015年09月27日

◎二重生活のススメ

お盆や夏休みに、多くの人々が日本列島を移動した。近年は都市をつなぐ高速道路やバイパスが完備され、車で移動してもあまり大渋滞にはならない。家族で移動する人も多いだろう。こうした機会に故郷に戻り、子どもや孫たちを親族や近所の人々に紹介し、子どもたちに故郷をよく知ってもらう。それは、都市での日常生活の癒やしであるとともに、故郷との絆を確かめる旅でもある。

人口や職場の東京一極集中の緩和や地方創生が叫ばれる昨今、故郷を訪問する動きを加速させることが最善の解決策になるだろう。政府は地方創生基金を設置して、地元産業の育成や若者の地元定着を図ろうとしているが、多くの企業が東京などの大都市に本社を移すなか、地方に魅力的な雇用を生み出すのは難しい。

されば、無理に若者の都会志向を抑えるよりは、故郷への一時的な回帰志向を支援するほうが得策ではないだろうか。つまり、地方創生基金を地方の行事や楽しい集まりに用いて、都市に出ているその土地出身の人々の参加を奨励し、その移動にかかる費用を支援するのである。高校や大学を出て大都市へ就職する若者に、定期的に故郷へ戻るような仕組みを設け、なるべく故郷の施設を頻繁に使えるように助成するのだ。

都市へ移住した人々が故郷へ戻るのは、親族や親しい仲間と会い、なじみのある町並みや風景に浸って都会のストレスを軽減したいという動機が大きい。盆や正月など大きな行事の際に戻る人が多いのは、仲間が一斉に故郷に集まるからだ。でも、こうした限られた機会には、せいぜいお祭りに参加して旧交を温めるぐらいで、仲間たちと何か一緒に活動するという余裕はない。連れて行った子どもたちも、故郷の文化や自然を十分に楽しめない。

独立行政法人国立青少年教育振興機構の報告書によると、1998年度から2009年度にかけて、海や川で泳いだり、チョウやトンボ、バッタなどの昆虫を捕まえて遊んだりした経験がほとんどない青少年は2倍以上に増えている。生物多様性の意味や自然を保護する意義は普及したが、実際にそれを体験したことがほとんどない子どもが増えている。日本の伝統ある風土と人々の将来を考える上で、これは由々しき事態である。

定期的に故郷に戻る人々が増えれば、同じように都市で働く同世代の仲間と会う機会も増え、故郷で幼なじみの仲間たちと一緒に活動することもできる。おじいちゃんやおばあちゃんが元気ならば、しばらく孫を預けて子育ての負担を減らすこともできるだろう。子どもたちの自然と触れ合う時間も増え、日本の自然に対する愛着も広がる。一時的に帰省する人口が増え、消費が活性化すれば、昔の商店街も復活すると思う。

こういった動きを加速させるためには、行政や雇用元の企業の協力が不可欠になる。現在は移住すると、住民票を移すことが多い。住民登録をしていないと移住先の市町村でサービスを受けられないからだ。私の提案は、故郷と働く都市の2カ所で住民登録を可能にすることである。税金を分割して払うことになるので少し煩雑になるが、それはシステムを構築すれば可能なはずだ。ふるさと納税という制度があるが、私の提案は寄付ではなく、住民としての義務と権利を取得することにある。疲弊している地方の財政も潤うし、故郷に税金を納めているという自負が生まれる。払っている分、故郷へ戻ってそのサービスを受けようという動機も出てくる。実際、海外を渡り歩いてプレーをしているスポーツ選手などに、住民票を都市に置かずに故郷に置いている人がいる。でも、こういったことは特定の地域に定着しなくてすむ場合に限られる。私はそれを一般の人にまで普及したいのである。

そのためには、働く場所の理解と支援が必要である。週末や月末に帰郷する人々に職場の同僚が温かい目を向け、仕事の分担が可能なようにプログラムを考案しなければならない。IT革命は、常に人々が机を並べていなくても緊密に連絡をとることを可能にした。これらの人々を送り出す側と迎える側が一致協力して、個人が二つの場所で異なるコミュニティーで活躍できるようにすれば、生活の質も精神的な豊かさも格段に向上すると思う。

この記事は,毎日新聞連載「時代の風」2015年09月27日掲載「都市と故郷・山極寿一」を、許可を得て転載したものです。